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排行と命名
”排行”は、「並び順」という意味であるが、親族の間にあっては「長幼の序」というほどの意味になる。この場合の「長幼の序」というのは、年齢に基づく序列ではない。たとえば、祖父祖母、父母、兄弟、姪甥、のように世代ごとの順であり、当然のことながら前の世代を尊ぶ必要がある。また同世代は互いに仲良くし、下の世代に対しては保護教育する必要があるとされる。
現代であれば、ほとんどの場合は世代が下になれば年齢が下、ということになる。しかし昔にあっては、ある程度の土地なり地位なりのある家であれば一夫多妻の例もあり、それでなくても死別によって後妻を迎えることは少なくなかったのである。なので年が上の甥や姪がいる、ということも珍しいことではなく、しかしそういった場合でも「長幼の序」というのは「排行」によって決められるのである。

同じ世代でも年齢に開きがあるため、外見だけでは排行のどこに位置するかが分かりにくい。そこで同じ排行に属する世代は、すべて同じ一文字を名前、とくに”字(あざな)”につけることが古くから行われていた。一文字を共有するのであるから、二文字でなければ区別ができなくなる。名前は1文字の場合が多いから、排行を適用するのは”字(あざな)”の方になる。
近代中国では”字(あざな)”は使われていないが、排行を守ろうとすれば、名を2文字にするしかない。歴史的には”名”が一文字、”字”が二文字、ということがほとんどだが、現代中国においては二文字の名前も結構多い。字(あざな)が使われなくなる過程で、元来の”名”を名前とするか”字(あざな)”を名前とするか、二文字の名前が増えた事情はそのあたりにあるのではないかと考えているのだが、定かではない。

少し話がそれるが、80后(80年代生まれ)の若い朋友に聞くと、「漢字2文字の名前のほうがなんとなくカッコいい」ということだ。たしかに印象としては、2文字の名前が多くなっているような気がする。ついでに言うと「姓も2文字なら、さらにカッコいい」という。中国に2文字の姓はあまりない。パッと思い浮かぶのは「歐陽」とか「司馬」とか「宇文」とか「夏候」とか「諸葛」だろうか。しかし日本は漢字2文字の姓が多い。また名前も漢字2文字が多いだろう。
どうも日本人の漢字四文字の名前がたくさん知られるにつれて、なんとなく字数が多いほうがカッコいいとおもえる感覚が出来ている気配がある。小生としては姓が一字姓、名に漢字一文字、たとえば”原敬”なんかの方がカッコいいと思うのだが、姓が二文字なのでどうしようもない。まあ日本人も姓の多くが一文字であれば、こんなに姓が多くなることはなかっただろうと思うのであるが................話がそれた。

排行だが、たとえば”孔子の子孫”は中国全土に何十万人といるが、現在でも排行を守って命名している。”孔”姓といっても、すべてが孔子の子孫とは限らないのであるが、ともかくも孔家の排行を守って命名されている”孔さん”であれば「私は孔子の一族です」と言えるわけなのである。

また宗族社会の伝統を色濃く残す徽州でも、この習慣は根強く残っている。たとえば現中国国家主席の胡錦濤氏は安徽省績渓県の龍川村が原籍地であるが、祖父は胡炳衡という人であった。その兄弟に胡炳華がいる。その息子たちはそれぞれ胡増鑫、胡増金,胡増麟、胡増と名付けられた。すなわち”増”を共有しているのである。このうち胡増が胡錦濤氏の父親にあたる人である。胡錦濤氏の世代は”錦”の一文字を共有し、13人いるそうだ。

世代ごとに共有する文字の順番は、宗族ごとに決まっており、続けると一遍の詩を為すようにきめられている。
排行例
安徽省績渓県の大廟汪村の宗廟の中にも、この「排行」を示した詩篇が掲げられていた。この排行は「汪村」の汪氏のものだという。試みに読んでみよう。

元徳恆昭懋
煕綸集大成
純光敦玉彩
培秀秉時英
仕進臨台輔
文華照国賓
孫謀如燕翼
祖武定能縄

一応書き下してみる。

元徳(げんとく)は昭懋(しょうむ)を恆(つね)とす
綸(りん)を煕(あきら)かにして、大成(たいせい)を集む。
純光(じゅんこう)は玉彩(ぎょくさい)に敦(あつ)し
秀(しゅう)を培(つちか)って時英を秉(と)り
仕進して台輔(たいほ)に臨んで
文華(ぶんか)は国賓(こくひん)を照らす
孫(そん)は謀(はか)ること燕翼(えんよく)の如く
祖武、定めて能(よ)く縄(うけつ)ぐ

「元徳」は本来「玄徳」であろうが、康煕帝の忌み名を避けたのであろう。「綸」は倫理。「大成」は道徳。「昭懋」は公明正大ということ。「時英」は英才。「台輔」はいわゆる三公の地位で、高位高官のこと。「祖武」は先人の業績。最後の「縄」には「継承する」という意味がある。「詩・大雅」に「縄其祖武」とある。
大意は示すまでもないと思うが、要は道徳、および学習に力を入れて秀才を育成し、高位高官を排出し、子孫は助け合う、というほどの意味になる。徽州宗族の伝統的な価値観を反映している内容である。

右端に「謹将三十五世排行列左」、左に「大清光緒二十六年荷月重立」とある。「三十五世排行列左」は、すなわち三十五世代をもって、汪氏の排行は一巡するという意味になる。しかし詩篇をみると五言一句が全部で八行で、すなわち合計四十文字である。おそらく、最後の一行「祖武定能縄」は排行に含まないのではないかと考えられる。また光緒二十六年の旧暦6月(今の7月)に書かれたものであるが、「重立」とあるから、古い排行表が劣化したので書きなおしたのだろう。

中国全土、どこの農村でもこのようなしっかりとした”排行”があるわけではないようだ。魯迅の「風波」には、生まれたときの目方で持って命名している村が描かれている。生まれたときに体重が「七斤(3500g)」なら「七斤」といった具合である。これに「爺さん」「婆さん」「ねえさん」をつけて家族を区別するといった塩梅で、至極適当であるが、狭い村落の中では「あんた」「おまえ」で会話が終わることが多く、これでいいのだろう。
しかしやはり文化水準が高く、教育に力を入れた徽州の人々は、いずれ官界に出たり、商業で他郷へゆく場合がある。中国は姓が日本ほど多くないため、同姓同士が多いわけである。他郷で同姓同名を避けるためには、「一郎二郎」式の命名で不都合が多いに違いない。

ちなみに字だけではなく、一文字の名前にも、同世代が分かるように命名する場合がある。すなわち漢字一文字の”偏”や”旁”を共有するやりかたで、たとえば紅樓梦の賈家は宝玉と同世代に賈珍、賈珠、賈院賈環、賈、賈瑞、賈璜、また父親の世代は賈政、賈敏、賈敬、祖父の代に賈源、賈演、といった具合である。賈家ほどの大貴族であれば、字ももちろん排行に基づいて命名されていたはずであるが、作中に字の紹介はない。しかし名に使用されている漢字をみると、世代が一応わかるようになっている。賈宝玉だけ二字の幼名のままであるが、「玉」だけに、やはり同世代の使用文字の規則にしたがっている。さらにいえば、黛玉や宝釵など、同世代の従姉妹達も「玉」が使われている。
女子には同世代に迎春、探春、惜春、といった命名が見られるのであるが、女子の場合は排行に基づくかどうかはわからない。日本でも兄弟姉妹で同じ一文字を共有する例も珍しくはないだろう。

「排行」は歴史上の人物の人間関係を調べるときに、ヒントになることもある。特に徽州ではかなり厳格に適用されているようなので、思わぬ手がかりになることも少なくない。欧米の場合は、家系を名前に表そうとした、やたらと長い名前があるが、アルファベットの単語の場合はこうするしかないのだろう。漢字は漢字で別のやりようがある、というところだろうか。
龍尾山人印
| 龍尾山人 | 01:44 | - | - |

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